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連載 第1回
【 憧れ 】

20期生 原田靖子

ラジオパーソナリティー
司会者






 ラジオパーソナリティー・司会者として仕事をしています。
 番組を担当して8年、司会者になって、かれこれ四半世紀という恐ろしいほどの年月が経過していますが、今も昔も憧れている職業はアナウンサーです。
 昔から声フェチ!?でいい声の人が好きでした。幼い頃、自分の声をカセットテープに録音して何度も聞いて遊んでいた記憶があります。カセットから聞こえる声が自分ではないようで、思っている声と違うようで・・テープを通して聴く声に興味を持っていたのかもしれません。
 小学校6年の時、隣の席の男子が深夜ラジオ『オールナイトニッポン』の大ファンで、毎日その話ばかりしていました。オールナイトニッポンが好きな小学生なんてずいぶん生意気ですが、その影響で、私も夜ラジオを聴くのが楽しみになりました。ラジオから聞こえる声は、知らない人でも知っているような親しみがあり、声だけで〝かっこいい”〝きれいな人だろうな”〝おもしろそう”など勝手に想像しながら聞いていました。その頃からしゃべる仕事に興味を持つようになりました。

 南高に入学して1年生の時。国語の授業中に一人の女性が教室にきました。
『彼女は私の教え子でこの学校の卒業生、君たちの先輩です。
この春、大学を卒業してアナウンサーになるそうです。』と先生が紹介してくれました。
 え、高校の先輩がテレビ局のアナウンサーになるの~??ステキ!!
この時、私の頭の中にアナウンサーという職業がインプットされ、以来憧れになりました。

 短大に進学し2年の夏休みに某テレビ局のアナウンス講座に申し込みました。しかし定員30名のところ500名を超える応募があり、第一審査で早くも落選。アナウンサーはすご~く狭き門なんだ!と実感しました。当時は女子アナブーム、アナウンサーは有名大学出身ミスキャンパスや雑誌の読者モデルなど美しい方ばかりですから・・。
 現実を目の当たりにした私は、早くも夢破れ、地元の一般企業にUターン就職をしたのでした。
OLをしながらも心のどこかで夢はくすぶり続けていたのでしょう。レポーター、キャスター等の募集を見つけるとオーディションを受けに行きました。2年で会社を辞め東京のアナウンス学校に通い、アルバイトやイベントMCなどをしました。そして、とあるグループの司会者オーディションに合格、仕事をするようになり、その後縁あって浜松エフエム放送(FMハロー)パーソナリティーとして採用して頂きました。もともとラジオが好きだったので、パーソナリティーとして番組を担当できるのはとても嬉しかったし、夢が叶いました・・でもやはり私自身アナウンサーと名乗る事はできません。

 これはあくまでも私個人としての定義ですが、アナウンサーは、テレビ・ラジオ局の社員としてアナウンサー採用された方。私のように番組契約は×。またフリーアナウンサーという言葉もあり、私もそのようにご紹介頂く事もあります。あえて否定はしませんが、私の中でフリーアナウンサーは、元局アナ正社員という勝手な定義づけをしているので、やっぱり違うのです。
 私にとってアナウンサーという響きそのものが、手に届かない憧れなんですね。(余談ですが今でも同世代で活躍したアナウンサーに軽~くライバル心をもっているのはいうまでもありません。もちろん勝手にそう思っているだけで、先日ふとしたご縁で○田景子さんにお会いしました。本当に素敵な方で半端ないオーラ・・思わずファンですと言ってしまいました(笑))

 さて、ひょんな事からこちらでコラムを書くことになりました。
〝パーソナリティーって口で商売してる人だよね“と言われる私が、こうして文章を綴っていくのは、ちょっと場違いな気がしますが、書いてアウトプットすることで、改めて自分自身を客観的に見つめる機会を頂いたと思っています。つたないコラムですがどうぞよろしくお願いします!





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