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24期生 廣上  明子
会社員の傍ら、消費者の立場から浜松の伝統産業(繊維)を「浜松注染(ちゅうせん)ゆかた・遠州木綿の普段着きもの」をキーワードに発信する市民団体「染め紡ぐ浜松」の代表として活動。

職人の手作業で染められる日本独自の伝統の染め「注染(ちゅうせん)そめ」と、「遠州木綿・遠州綿紬(めんつむぎ)」に魅了され、浜松に住んでいても知らない人が多い地元の魅力を伝えながら、和装の敷居を低くすることにより「地元のゆかた・きものを着る人を増やしたい」と考える。





連載 第1回
【バンドと部活ばかりの高校時代】


南高卒業生、在校生の皆さん、はじめまして!
昭和から平成になったばかりの1989年3月。
まだ普通科と商業科があった頃に卒業しました、24期生の廣上明子です。
卒業後、一度転職しながらもずっと会社員の私。
そんな私が「連載コラム」なんて!
今まで担当されているそうそうたる面々から見ても甚だ場違いな気がしますが、私の活動が「社会との接点」を見つけるヒントになり、「地域を見直す機会」につながる、とのことで、こんな私でも大丈夫なら・・・と、僭越ながらこの場を担当させていただくことになりました。
一年間どうぞよろしくお願い致します。

さて、一回目の今回。
自己紹介を兼ねて南高生時代を思い出してみたいと思います。
入学したのは、1986年・・・・。もう30年前じゃないですか?!
改めて思い返すと・・・高校時代の記憶はバンドと部活ばかりかも。
私は北海道生まれ。
父の転勤で小学三年生の時に浜松に来ました。
双子の片割れとして生まれた私は、いつも同じ年の姉の後ろについて歩くような、かなり人見知りの子ども。
今のようにたくさんの人とイベントを組んだり、表に出たり、積極的に行動するタイプとはほど遠かったのです。




小学3年生まで北海道で育ちました。
子供のころ、双子はいつも同じ服。自分で見ても、どちらが私かわかりません(笑)


そんな私が、双子の姉とは別々の高校に進み、一人になった南高時代・・・
1年生の時は、たぶん人見知りの延長でおとなしかったはず。
そして、2年生になり、文化祭で観た先輩に憧れて始めたバンドに夢中になりました。
卒業後の友達からは、「意外~!!!」と驚かれることが多いのですが、とにかくそこからは『他のことをやってないんじゃないか?』と、いうくらいバンドの練習に明け暮れた日々。




この頃、左手の指先の皮は切れて治っての繰り返しで、硬くなっていました。


毎日片道6kmの道のりをギターを背負い、時にはアンプまで持っての自転車通学。
所属していた吹奏楽部の朝練時間もお昼休みも放課後も、音楽室に行ってはギターを弾き、ドラムをたたいていました。
文化祭前には、複数のバンドの掛け持ちで練習会場のライブハウスをはしごしたほど。
ギターやドラムが、練習で少しずつ出来るようになること、みんなで音を合わせた時の高揚感。
本当に楽しかったです、毎日。




いろんな学校のバンドが集まっての3年生最後のライブ。
ボーカルは双子の片割れです。ギター(右)と似てますか?


バンドの練習ばかりしていたといっても、もちろん授業をさぼったりはしていません。
好きな教科しか頑張ってなかったですが。
でも怒られた記憶はないので優しいクラスメートと先生のおかげで乗り切っていたのでしょう。
こんなことを書くと不真面目な生徒のようですが、至ってまじめな目立たない生徒だったと思います。
ただ、選択教科を決める時、卒業後の進路を決める時、先生のアドバイスや説得を聞かずに自分のやりたいことを貫きました。
「のんびりしている」と言われる南高の雰囲気の中、好きなことが出来たおかげで、私の「やりたいと思ったら突っ走る!」という素地がつくられたような気がします。



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